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法王庁 (Palais des Papes)

1309年、フランス人ローマ教皇、クレメンス5世 (ClemensN) は、教皇庁をアヴィニョンに移した。後にアビニョン捕囚と呼ばれるこの大事件は、教皇のフランス王への配慮から起こった。教皇庁がローマへ戻るまでの約70年間に7代の教皇によって巨大な教皇宮殿が建てられ、カトリック世界の中心となったアビニョンは、政治、経済、芸術の都として発展した。俗臭にまみれていたアビニョン教皇庁時代は、多くの教皇が派手好きで賄賂を好み、聖職者でありながら高潔とされた人物は少なかった。

サンベネゼ橋 (Pont Saint Benezet)

プロバンスの伝承によると、12世紀、若い羊飼いのベネゼが神の御告げを聞いた。それは、アヴィニョンへいってローヌ川の急流に橋を架けよというものだった。話を聞いた司教はベネゼを狂人扱いし、巨大な石を動かしてみよといった。それは、大人の男が30人がかりでも動かせないほどの巨大な石だった。ところが、ベネゼに突然、奇跡の力がみなぎり、彼はその石を軽々と持ち上げ、川岸まで運び、「これは、橋の礎となる最初の石である」と言ったという。

講談社「週刊世界遺産」より


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